(取材・文/小野寺亜紀)
「“人を惹きつける力”は、舞台の上でも表現したい」
――お稽古はこれからとのことですが、永六輔さんを演じるにあたって、今の心境を教えてください。
やっぱり永さんのイメージや雰囲気は、皆さんの中にまだ新しく残っている部分があると思うので、そこを崩しすぎないように、とは思っています。あまりにもかけ離れすぎると、作品の内容よりもそちらが気になってしまうと思うから、それは避けたい。かといって“めちゃくちゃ寄せにいく”“徹底的に真似する”ということでもないと思っていて。そのあたりは実際に稽古をやっていくなかで見えてくる部分もあると思うのですが、今の段階では、永さんが持たれていた思いや意思、そういったものをできるだけ意識してトレースしていけたらいいな、という感覚です。
――若い頃の永六輔さんを演じることになりますが、伊藤さんの中ではどんな印象が強いですか?
映像などいろいろ見させていただいたなかで印象的だったのは、“話し方”ですね。お話の入り口から、聞いている側の耳をぐっと引き寄せるというか、自然と集中させる力があるんですよね。気づいたら引き込まれている、という感じで。
それが何によるものなのか、声のトーンなのか、まだわからない部分も多いのですが、そういう“人を惹きつける力”は、できる限り舞台の上でも表現したいなと思っています。そこは自分なりに研究していきたい部分ですね。
――「上を向いて歩こう」の作詞や、本の執筆、語りなど幅広く活躍された永さんですが、同じ表現者として共感する部分はありますか。
やっぱりこの仕事をしていると、幅広く知っておくのは損じゃないなと思う。僕自身も、いわゆる雑学的なことが結構好きで、気になることがあればなるべく調べるようにしています。そういう意味では、永さんの映像を見ていると「本当にいろんなことを知っている人だな」と感じるので、そこはすごく共感できます。もちろん永さんほどではないですけど(笑)。
――最近、気になって調べたことは?
ウニってあるじゃないですか。食べるウニ。あんなにトゲトゲしたものが、どうやって増えるのだろう?と急に思って調べてみたら、オスが自分の精子を大量に放出して、それがたまたま海の中でメスの卵子と出会い、受精するらしいんですよ。すごい運命的な出会いじゃないですか!
――初めて知りました(笑)。
そういうことを一人でよくやってます(笑)。ありがたいことに今はAIがすぐ教えてくれるので。本当にありがたいですね。

「やりたい」と思えたからこそ挑む舞台
――今回の舞台は、亡くなられる前に崔洋一さんが企画され、鄭義信さんが脚本・演出を手掛けられます。鄭さんと何かお話はされましたか?
一度食事に行かせていただく機会があって、その時にいろいろお話しさせていただきました。がっつり舞台の話をしたというわけではないのですが、全然関係ない話も含めて、すごくお話しやすい印象でした。とても素敵な方だったので、稽古でどういうふうに作品をつくられていくのか、すごく楽しみですね。
――崔さんと鄭さんは、映画『月はどっちに出ている』『血と骨』などでも組まれ、本作にも深い思いが詰め込まれているのかと。オファーがあったときはいかがでしたか?
もちろん「やってみたい」という思いはありました。ただ正直なところ、永さんのイメージと“自分が演じる”という姿が最初は全然結びつかなかった。でも、それを自分に求めてくれているというのはすごく嬉しいこと。演出が鄭さんということで、ありがたい気持ちと同時にプレッシャーも感じていますが、やっぱり楽しみのほうが大きいですね。
――本格的な舞台は、2023年の『背信者』以来でしょうか。
そうですね。僕は圧倒的に映像の世界でやってきた人間なので、舞台は「本当にやりたい」と思わないとやらないんですよ。嫌いではないけど、やっぱりまだどこかに苦手意識があるというか、難しいジャンルだなと思っていて。なので、生半可にふたつ返事で「やります」とは言えない部分があるんですけど、今回は作品の内容やスタッフ、共演者の方々も含めて「やりたい!」と思えたので、出演させていただくことになりました。
――舞台ならではの難しさはどこに感じますか。
映像だと、基本的には目の前にいる相手に向けて芝居をすれば成立するのですが、舞台はそれだけじゃなくて、あらゆるお客さんにも届くようにしなきゃいけない。声の出し方も、体の使い方も全然違ってくる。その“チューニング”を合わせるのがすごく難しいなと、初めて舞台をやらせていただいたときに感じました。どうしても感覚が違うので、そこは苦戦しましたね。
でも、本番の空気感やカーテンコールの瞬間は本当に好きで。ダイレクトに反応が返ってくるのは、舞台ならではの魅力だと思います。あの感じ、ヤミツキになるのがすごくわかります。

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