(取材・文/小野寺亜紀)
「すごくしっくりくる」逆転のキャスティング
――『最強のふたり』出演の経緯を教えてください。
「川平慈英と浦井健治で何かをやろう」というオファーから始まり、お互い好きな作品を挙げていくなかで、川平さんからこの作品は?と提案いただいて『最強のふたり』が決まりました。原作映画をご覧になった方はご存知だと思うのですが、ドリスとフィリップという役は、年齢的な設定から考えると、川平さんがフィリップを演じるのが自然。でもふたりのことをよく知っている演出の板垣恭一さんが、「これはどう考えても逆だと思う」とおっしゃり、そのひと言で今回の配役になりました。
――確かに映画ではフィリップのほうが年上の役でしたので驚きました。
最初は「どうなるの?」と僕も思ったのですが、稽古が始まったらすごくしっくりくるんですよ。ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』をご覧になった方なら「なるほど!」と納得されると思うのですが、とてもアグレッシブに、陽の雰囲気でドリスを演じ続ける川平慈英さんの魅力、エンターテイナーとしての魅力が炸裂しています。映画をご覧になった方も、開幕したら「この配役しかないよね」と思うはずです!
――それは楽しみです。
『ビッグ・フィッシュ』では僕は川平さんの役を、息子として俯瞰して見ていましたが、今回のフィリップは、雇い主でもあり、麻痺を患うという立場から、友情という目線でもドリスをずっと見ている。車椅子を引く側・引かれる側というところでは、『ビッグ・フィッシュ』と逆になるけれど、ふたりの対峙の仕方がほぼ変わらないです(笑)。
――役的に『ビッグ・フィッシュ』と重なるところがあるのですね。
懐かしさすら感じるほど、同じような感触があります。川平さんだからこそ生まれる空気があって、結果として涙腺が緩くなってくるんです。前回は父と息子として絆を築き、それが確固たるものになっているから、阿吽の呼吸がある。今回はどちらも父親ではあるけれど、全く違う境遇のふたりが出会い、価値観の違いを抱えながら友情を育んでいく。称え合いながら、「人生を謳歌していこうよ」とリスタートを切る、ふたりの絆が描かれています。息子や娘との関係も描かれていて、そこでの痛みや責任、そして愛をお互いに共有していきます。そういう意味では、『ビッグ・フィッシュ』から時を経て、より人生の深みをふたりで紡いでいけるんじゃないかなと思ってます。本当に楽しみです。
――映画ではフィリップの目の芝居なども印象的でした。
首から下が麻痺しているのですが、今回でいうと、歌うことで時間や空間を超えて、自分の過去や感情を一気に伝えることができるんです。1曲の中で「こういう過去があって、こういう思いがあって、今こうなんだ」というのを全部表現できる。それによって、お客様は彼の見ている景色を共有できるし、ふたりの絆も一気に深まる。ミュージカルだからこそできる表現ですし、結果としてとても見やすい作品になっていると思います。

「日本ではあまり聞かないタイプの男性デュエット」
――フィリップは妻を亡くし、心を閉ざしているという設定だそうですね。
彼の不慮の事故には実は意味があって。それを作品のなかで語っていくと、フィリップの人格が見えてくると思うんです。そこでドリスとフィリップが共鳴し、同時にドリスも痛みを打ち明けていく。それぞれの境遇から生まれた痛みというものがあって、それが家族間のものとして描かれているんですよね。
――そういう脚本になっているのですね。
作品には妻やパートナーが登場人物として出てくることはないのですが、言葉のなかではとても大きく存在します。夫婦間の愛、家族の愛というものは不変だということを、お客様も共感しながら観てくださると思います。フィリップの事故がどう描かれるか、全身麻痺というものをどう乗り越えていくかによって、「それを超えていこうという大きな力」「希望」というメッセージとなり、大きな大きな翼となってお客様に届くと思います。
――板垣さんは「大人のハッピー・コメディ・ミュージカル」ともコメントされています。
これは川平さんありき、ということに尽きますね。コメディってとても難しくて、スキルが要ると思っているんです。川平さんは歌もタップも芝居もできる。そして国民的スターであるから、たったひと声「くー!」だけで川平さんだとわかるじゃないですか(笑)。それをもう今回は全部使っちゃうんです。川平さんという存在そのものがドリスという役に投影されていて、その場にいるだけで周りが笑顔になってしまう。実際に稽古場でも「今日サウナ5セット行ってきました〜、からのナウでーす!」とか言いながら現れるんですよ。
――(一同笑)
嘘偽りなくそういう方なんです。誰にも真似できない唯一無二の存在感で、板垣さんはそれを役に意図的に投影していると思います。川平慈英さんというエンタメの大きな柱が真ん中にいるから、お客様のハードルをそれだけでひとつ超えてしまえる。そこに乗っかって登場人物たちが弾けた芝居をしても、ちゃんと収まるんです。そのエネルギーを利用するためにも、板垣さんは今回、あえて少人数制にしたのだと思います。
――そうなのですね。
そして全体を俯瞰しながら、ストーリーの核やメッセージをお客様と一緒に感じる役割を担うのが自分の役どころ。ピンポンのようにドリスとのラリーができればと思います。

――桑原あいさんの音楽はいかがですか。
立ち稽古が始まった今感じるのは、桑原さんはこの作品を本当に好きなんだと思います。いろんなジャンルや技法を取り入れながら、自分のやりたいことや好奇心を詰め込みつつ、「桑原あい」さんという可愛らしい個性もポップに盛り込み、学生時代に学んだ環境も見え隠れします。
――幅広い素養がおありなのですね。
海外でも活動され、いろいろなものに触れている方なので、確かな土台からの遊び心があります。特に印象的なのは、主役ふたりの絆が芽生える瞬間のデュエットですね。「ちょっとダサかっこいい」というか、ユーモラスで、でもすごくエネルギーがある。日本ではあまり聞かないタイプの男性デュエットだと思います。その曲だけで景色が広がるし、ふたりの個性にも合っていて、板垣さんはこの曲が来たとき、きっとうれしかったのではないでしょうか。

「ただただ、いとおしい存在」
――タイトルにちなみ、川平さんとの「最強のふたり」エピソードがあれば教えてください。
『ビッグ・フィッシュ』で親子を演じていたとき、父親が亡くなるシーンで、グータッチのような親子の絆を示すしぐさをしていたんです。それをずっと続けていて、今も会うたびに「ヘイ、ブラザー!」とやるんです(笑)。だから自分にとって、川平さんは父親みたいな、兄貴みたいな存在でもある。そういうふうに思える人ってなかなかいないから、それ自体が奇跡だなと思うし、ただただ、いとおしい存在なんですよね。
――やはり『ビッグ・フィッシュ』での出会いは濃いのですね。
僕のなかでは「(再演から)まだ6年しか経っていないんだ」と思うくらい、濃い作品です。このなかで、僕の息子役を演じてくれていた子たちが、今やもう成人になっていて。舞台を観に来てくれたり、「会いたいです」と当時のままの感じで連絡くれたりするんです。エンタメを超えた絆が確かに生まれていて、それは川平慈英さんと共演者の方を見ていても感じること。自分の人生とまっすぐ向き合ってきたエンターテイナーとして、川平さんの大きな背中を見ながら、「自分もそうありたい」と思います。

25年の活動を経て――「これが普通」と思ってはいけない
――近年、仕事との向き合い方で意識されていることは?
ありがたいことに、今年は『デスノート THE MUSICAL』も含め、多くの舞台に立たせていただきます。
本当に感謝しかないですね。舞台に立つことって、お客様が来てくださって初めて成立する。演出家やスタッフの方々が自分の個性を知りながら導き、照明さん・音響さん、オーケストラの方々が体の癖や声のテンションまで合わせてくれている。そんな環境で歌えるって、信じられないことだと思うんです。25年間やらせていただいてきたからそうなったのかもしれないけれど、これを「普通」と思ってはいけないと最近あらためて思うようになりました。公演中にソロを歌いながら「いや、これすごいことじゃない!? ありがとうございます!」って心の中で思いながら歌う瞬間がある(笑)。それぐらい、意識しないといけないなと。
――そんななか、舞台に上がる前などに必ずやることはありますか。
マッサージですね。体が疲れると声帯に影響が出たり、喉が硬くなったりするので、それを防ぐために、マッサージは欠かせないです。先輩方も同じで、そこに「今日一日頑張ろう」という思いを込めている方もいますね。気持ちのリセットでもあります。
――最後に『最強のふたり』への意気込みをあらためてお聞かせください。
映画をご覧になった方はもちろん、知らなくても全く問題ない、わかりやすい題材になっています。何も身構えずに「いつだってリスタートできるんだ。頑張ろう!」と思っていただけるはず。初めてミュージカルを観る学生さんも映画のように気軽に楽しめると思うし、「お父さんお母さんともう少し仲良くしよう」とか、それぞれに感じ取っていただけるものがあると思います。公演期間が短いので、ぜひ見逃さないようによろしくお願いします!
ミュージカル『最強のふたり』
東京公演/2026年5月1日(金)~5月10日(日) ヒューリックホール 東京
大阪公演/2026年5月14日(木)~5月17日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
名古屋公演/2026年5月21日(木) 御園座
脚本・作詞・演出:板垣恭一
作曲・編曲・音楽監督:桑原あい
出演:川平慈英 浦井健治/
紅ゆずる 宮原浩暢(LE VELVETS) 小野塚勇人/
福田えり 加賀谷真聡 宮野怜雄奈 元榮菜摘 菊池愛
演奏:桑原あい/大谷愛(Keyboard Conductor) 横田誓也(Drums & Percussion)
飯島奏人(Cello) 近藤淳也(Reed 東京・名古屋公演)/小西稔大(Reed大阪公演)
公式HP https://saikyonofutari.jp/
