(取材・文・撮影/小野寺亜紀 スタイリスト/津野真吾(impiger) 衣装協力/GABO Napoli、UNION STATION by MEN’S BIGI)
「江戸と現代、ふたつの世界が描かれ音楽の幅が広い」
――モーリー・イェストンさんの音楽との最初の出合いは?
大人になってから初めてミュージカルのプリンシパルキャストにチャレンジさせていただいた『ファントム』になるのかな。シャンドン伯爵を演じた思い出深い作品で、すごく素敵な音楽だったという印象が残っています。特に『ファントム』は、モーリーさんの作品の中でもクラシカルなイメージが強いですよね。演出のスズカツ(鈴木勝秀)さんは、演劇として、芝居として作品を作っていかれて、ミュージカルとの融合という意味でも勉強になり、刺激的でした。
――その『ファントム』が2010年の公演。16年後に主演としてモーリーさんの世界初演作に挑まれます。まず今回の楽曲の印象を教えてください。
小林一茶が生きる江戸の世界と、僕の演じる海人(かいと)が生きる現代、ふたつの世界が描かれているので、とても音楽の幅が広いです。過去の時代では日本テイストが強めの楽曲。現代では今の我々が聞くような音楽のテイストもあり、さらに今までモーリーさんが描いてこられたような普遍的な音楽もあって、その幅広さは今回ならではだと思います。
――とても楽しみです。そもそもこの作品は日本文学に造詣が深いモーリーさんが、小林一茶の「露の世は露の世ながらさりながら」という俳句に感銘を受けて創作が始まったそうですね。
そのお話を最初に伺ったとき、「これを音楽にしよう」「ミュージカルにしよう」とは、逆に日本人はなかなか思いつかないなと感じました。海外の方だからこその感性や発想で、すごくいいなと。日本を題材にしたミュージカルは少ないですし、この作品を日本で、日本人のクリエイターとともに作るというのは、これまであまりない企画だと思いました。現在(10月下旬の取材時)、台本の第3稿が届き、ワークショップを見学した感じでは、この後の第4稿でも結構大きく台本が変わっていきそうです。やはりオリジナル作品を作っていくおもしろさと難しさがありますね。それぞれのキャラクターがどういう旅路をたどり、お客様に何を感じてもらうか、というところをブラッシュアップしていきたいです。
――物語には18世紀のフランスが出てきますが、いわゆるフランス革命の時代ですね。
この時代は日本人のお客様にとってあまりに親しみがあり過ぎるぶん、物語の中でうまく機能するように描いていかないと逆に難しい。革命を題材に、一本の作品にしたものがいっぱいあるので。今回の舞台の中で、それをどう扱うか。海人が時空を超え、小林一茶の旅路に触れることで何を発見し、どう成長していくのかということを丁寧に作っていかなければと思っています。

――海宝さんが演じられるのは、現代の日本に生きるシンガーソングライターのISSAこと海人。このお名前は、海宝直人さんから名づけられたのでしょうか?
たまたまです(笑)。もともとモーリーさんの構想のなかで出してこられたお名前だそうです。現代の日本人をミュージカルで演じることはほとんどないので、やっぱりいいなと思います。『この世界の片隅に』も出演させていただきましたが、今回は現代を生きる日本人の青年。現代のテーマ性を持って、リアリティのある人物を造形していきたいです。日本人が日本人を演じるからこそできる、繊細な組み立てやアプローチがあると思うので。
――ここまで等身大の役の経験は今までありましたか?
お芝居だと、昔の話ですが加藤健一事務所さんの舞台『高き彼物』で、高校生の役をやらせてもらいました。でも現代の作品というと、本当に少ないですね。
――ISSAは顔出しをしていないシンガーソングライターで、曲を作れないとスランプに陥っている青年。表現者として壁にぶつかっているところなど、共感できる部分はありますか?
僕に限らずだと思うのですが、表現者の皆さんは何かしら葛藤を抱えていると思います。この作品ではクリエイターの海人がSNSでの批判に晒され、創作との狭間で苦しむシーンが描かれます。今の時代、そういうものに気持ちをもっていかれてしまいがちですよね。僕の子役時代はまだネットもSNSもなかったけれど、今はいろいろな人が自由に発信できるので、表現者は結構大変な時代だなと思います。昔にはなかった、新しい苦しみや悩みが生まれていて。そういうのはすごくわかりますね。
――海宝さんはそういった発信を目で追うほうですか? それとも距離を空けようとされるほうですか?
今の時代、触れないようにしようと思っても目に入ってきますよね。やっぱりグラッとくることもなくはないけれど、それによって芝居を変えるようなことは、絶対にしないようにと思っています。やはりそれぞれの作品、演出家とひと月、ふた月なり一緒に作るなかで、たどり着いている表現なので。
――なるほど。ISSAは母の影響で俳句に興味を持ち、江戸の小林一茶も俳句によりどころを見出していくわけですが、海宝さんにとって“よりどころ”というと?
やっぱりエンターテインメントですね。特にミュージカルは自分の中で大きいかもしれないです。あとは音楽を聴くのも好きなので、それに救われることが多いです。

「書きたい」という憧れ
――小林一茶こと弥太郎を演じる岡宮来夢さんの印象を教えてください。
来夢くんとは『王家の紋章』以来。コンサートでは共演していますが、お芝居では2回目なので本当に嬉しいです。彼は稀にみる好青年。真面目で誠実で、『王家の紋章』のときに「こんなに真っすぐな人、いるんだ!」と思いました。その後、歌を習いたいので先生を紹介してほしいということで、紹介させていただいたら、その後もずっと通い、着実に実力をつけ、いい役を射止めながらここまで歩んでこられていて。何かを得ようという姿勢が素敵で、とても魅力的な俳優というか表現者だなと思います。
――ほかの出演者の皆さんとも、これから本格的な稽古が始まりますね。
潤花さんとは初めましてなので、新しい出会いを楽しみにしています。(豊原)江理佳ちゃんとは、映画『リトル・マーメイド』の吹き替え(豊原さんがアリエル役、海宝さんがエリック王子役)でご一緒しましたが、エリックと会っている間、アリエルはほとんど声が出ないですし、録音は基本別々なので、お芝居という意味では初めて。とても素敵な歌声ですし、江理佳ちゃんも真っすぐな表現者だと思っているので楽しみです。ほかの皆さんも素晴らしい方が集まっています。
――演出は藤田俊太郎さんです。
『ジャージー・ボーイズ』以来、久しぶりなのですが、着実にたくさんの作品を作ってこられていて。以前よりも自信に満ちた感じを受け、積み重ねてこられたんだなと思いました。一方で変わらないところもあって素敵です。

――小林一茶が題材ということで、“言葉”もキーワードになってくるかと思うのですが、海宝さんご自身、何か言葉を綴ったりされたことはありますか?
もともと学生時代、小説を書きたいという思いはすごくあったんです。星新一さんなどが好きで、一時期ショートショートを書いてたこともあったし、短編小説を(出版社に)送ってみたこともあるんですよ。今思えば恥ずかしいものなのですが、「書きたい」という憧れはありましたね。今年のコンサート『ever』の台本は全部自分で書いたのですが、そういうのはすごく楽しいです。
――そうなのですね。今年、舞台芸能活動30周年を迎えられ、節目のコンサートも開かれましたが、振り返るとどのような1年でしたか?
すごい怒涛だったなと思います。『イリュージョニスト』から始まりましたが、これはコンサートバージョンは過去にやりましたが、新作ミュージカルとして全く違う演出となり、最後の一瞬までチェンジしていくトム・サザーランドさんの理想に近づけるようにと、チームとして闘い、深い絆が生まれました。
その後、30周年のコンサート『ever』では演出・構成として、衣裳・セット・照明などすべてを監修させていただきました。大変でしたが普段の舞台とは違う脳を使って、楽しいこともいっぱいあり、共演者やクリエイターの皆さんとの素敵な出会いや再会もありました。
――そして坂本昌行さんとふたりだけで、13人のキャラクターを演じ切るミュージカル『MURDER for Two』(マーダー・フォー・トゥ)の再演もありましたね。
お稽古ではピアノのレッスンから始まり、「こんなに大変だったっけ?」と思いました。ふたりとも出ずっぱりなので、ほかの作品と違い、座って誰かの稽古を見るという時間はなく、延々にやり続けるので大変でした。稽古が終わっても、坂本さんとふたりで残ってやっていました。
――坂本さんもどんどん頑張るタイプなのですか?
もう、スーパーストイックです! そうでないとこの作品はできないと思います。

――10月22日にはアルバム『ever more』を発売され、アンジェラ・アキさんが書き下ろされた新曲「LIFE IS A STAGE」など6曲が収録されています。
『この世界の片隅で』でアンジェラ・アキさんと出会わせていただき、お話しするなかでモノづくりやミュージカルに対する想い、今の日本の状況など共感する部分がとても多かったんです。そこからコンサート『ever』に向けて曲を書いていただきたいという強い思いがあり、引き受けてくださいました。改めて自分の思いを手紙のような形で書いて、それをアンジェラさんが美しいメロディと繊細な歌詞で紡いでくださったのですが、自分の中から出てきた言葉のような感覚を覚え、心寄り添って書いてくださったのだなととても感激しました。長く歌い続けていきたい曲です。
――30周年を迎えられ、新たに興味が出てきたことなどありますか?
やっぱりミュージカルを作っていくことへの興味は、強くなっているかもしれないです。オリジナル作品に出演するのはもちろん、クリエイターとして関われるようになれたら素敵だなと思いますね。今年はバラエティー豊かな1年になりましたが、来年もさまざまなタイプの作品に出演することになりそうです。誠実に作品と向き合いながら、自分の思いを遠慮せずに発信していけたらと思っています。
――最後に、『ISSA in Paris』を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。
素晴らしいクリエイターやキャストの皆さんが集まり、全力でいいものにしようという空気を、ワークショップのときからビシビシ感じています。完全新作ということで、僕自身も全力でぶつかっていきますので、ぜひご期待いただけたらと思います。

ミュージカル『ISSA in Paris』
東京公演/2026年1月10日(土)~1月30日(金) 日生劇場
大阪公演/2026年2月7日(土)~2月15日(日) 梅田芸術劇場メインホール
愛知公演/2026年2月21日(土)~2月25日(水) 御園座
原案・作詞・作曲:モーリー・イェストン
脚本・訳詞:高橋知伽江
演出:藤田俊太郎
出演:海宝直人 岡宮来夢 潤花 豊原江理佳
中河内雅貴・染谷洸太(Wキャスト) 彩吹真央・藤咲みどり(Wキャスト) 内田未来 阿部裕 ほか
公式HP: https://www.umegei.com/issa2026/
